「うちの子、micro:bit買ったよ」——その一言が引っかかって仕方ない
先日、2〜3人のお母様とお話しする機会がありました。小学校か中学校か、少し聞き逃してしまったのですが、プログラミング教育の話になったとき、こんな言葉が返ってきたのです。「うちの子は学校から教材でmicro:bit買ったよ」と。
正直、「あれあれ?」と思いました。
なぜかというと、その少し前に京都市教育委員会の方とお話しする機会があって、「年に1〜2回しか使わないプログラミング教材を10万円弱かけて購入するのは難しい」というお話をお聞きしていたからです。私は採算ギリギリの価格でお持ちした教材なのですが、720名の生徒がいる学校でも教材費は1人あたり11円程度にしかならない。それでも難しいと。
そのお話を聞いたとき、「確かになぁ」と正直思いました。以前、ある行政を訪問した際に「給食費すら出せない家庭もある」と聞いていたこともあって、厳しい現実はわかっていました。
それなのに、保護者が個人でmicro:bitを買っている。しかも「自宅で使いもしないのに転がっている」という状況で。
どっちの話が本当なのか。いや、おそらくどちらも本当で、だからこそ違和感が止まらないのです。この記事では、その違和感の正体を、現場で見聞きしてきたことと、実際に調べた情報をもとに解き明かしていきたいと思います。AIによる情報収集も含みますので、ハルシネーション(不確かな情報)が混入している可能性もゼロではありませんが、それを承知の上でお読みいただければ幸いです。
micro:bit小学校教材としての現在地——何者で、何ができるのか
まず前提を整理します。micro:bit(マイクロビット)とは、2016年にイギリスのBBC(英国放送協会)が中心となって開発した教育用の小型コンピューターボードです。国内では1枚あたり約2,000〜3,000円程度で販売されています(Micro:bit Educational Foundation 公式サイト)。
LEDが25個、ボタンが2個、加速度センサー・磁気センサー・Bluetooth無線通信機能などが搭載されており、MicrosoftのMakeCodeというビジュアルプログラミング環境を使ってブロックを並べるだけで動かせます。ソフトのインストール不要、充電やペアリングも不要。ブラウザさえ開けばすぐ使えるというシンプルさが特徴です。
イギリスでは2016年に11〜12歳の全児童約100万人に無償配布されたことで一躍世界的な注目を集め、フィンランド・シンガポールなど50以上の国で教育現場に広まりました(micro:bit Lab. ※リンク要確認)。日本には2017年に上陸し、2020年のプログラミング教育必修化を追い風に、小学校での採用が広がっていきました。
小学校では主に理科「電気の利用」(6年生)との組み合わせが多く、センサーを使って「暗くなったらLEDが点灯する」「温度が上がったら扇風機が回る」といった仕組みをプログラムで再現する授業が実践されています。教材としての完成度は高く、私自身も優れた教材だと思っています。
問題は教材ではない。問題は「使われ方」の構造にあります。
「学校では買えない?でも保護者は買っている」——この矛盾の正体
私が京都市教育委員会の方からお聞きした話を、もう少し丁寧に説明します。年に1〜2回しか使わない授業のために、学校が数万円〜10万円弱規模の予算を組むのは難しい——これは行政の立場として十分理解できる話です。財政は有限で、プログラミング教材だけに予算を回すわけにはいかない。補助があるという話も聞きましたが、それは学校単位での整備の話でした。
ところが、お母様方からお聞きした話は「個人で購入した」でした。しかも「自宅で転がっている」と。
この「学校単位では買えない・個人単位では買わされている」という構造、実はよく考えると深い問題をはらんでいます。
文部科学省は「義務教育諸学校における教材整備計画」として、令和2年度から10か年にわたり単年度約800億円の地方交付税措置を設けており、授業で使う教材は本来公費で整備される建前になっています(文部科学省:学校教材の整備)。では、なぜ保護者が個人で買うことになるのか。
鍵盤ハーモニカや書道セットと同じ論理です。「子ども個人が使うもの・持ち帰れるもの」として位置づければ、学校備品ではなく保護者負担の「個人持ち教材」として処理できてしまいます。そしてもう一つ、保護者側に「学校から言われたら払うもの」という意識が根強くある。何に使うかよくわからなくても、言われたからには買う——この構造的な意識が、個人購入を疑問なく成立させてしまうのです。
「自宅で転がっている」——年1〜2回の授業で個人購入は本当に意味があるのか
ここが、私が最も引っかかっている点です。
お母様からの「自宅で使いもしないのに転がっている」という言葉は、とても重要な証言だと思っています。学校から「買ってください」と言われて3,000円を払った。でも授業は年に1〜2回で、子どもは家でそれを使って何かをするわけでもない。ただ引き出しの奥に眠っている——。
これは、個人購入させる教育的意義という観点から見て、かなり疑問が残ります。
micro:bitは確かに自宅でも使える設計になっています。スイッチエデュケーション(国内正規代理店)が家庭学習向けのコンテンツも提供しています(スイッチエデュケーション ※リンク要確認)。でもそれは「意欲的な子どもが自分で進める」場合の話です。年に1〜2回しか触れない授業で「自分で家でも使いこなす」状況になる子どもが、どれだけいるでしょうか。
学校の共用備品として整備し、授業のときだけ使う——そのほうが合理的ではないか、と思うのは私だけでしょうか。30人クラスに3,000円×30個分の費用があれば、十分すぎるほど共用機材を揃えられます。それを各家庭に分散させて、しかも使われないまま転がらせるというのは、資源の無駄でもあります。
先生はmicro:bitを本当に使いこなせているのか——教員研修の実態という問題
もう一つ、大きな問題があります。授業を実施する先生方の習熟度です。
2019年に東京都の公立小学校教職員148人を対象に行われた調査によると、プログラミング授業を実践した経験がある教員は全体の15%にとどまり、なんと98%が「授業の実施に不安を感じている」と回答しています(リセマム 2019年4月 ※リンク要確認)。
2021年の調査では、プログラミング教育実施時の課題として「教員の専門性が不足している」が61.6%で最多、「指導・授業展開の難しさ」が53.6%と続いています(koedo プログラミング教育実態調査 ※リンク要確認)。また、授業の準備時間を「十分に確保できている」と答えた小学校教員はわずか17.7%でした(NPO法人みんなのコード 実態調査 ※リンク要確認)。
micro:bitは「簡単」と言われますが、授業で使いこなすには事前の準備が必要です。MakeCodeの操作を覚え、USBケーブルの接続方法を理解し、子どもたちがつまずきやすいポイントを把握し、トラブル対応できるようにしておく——これらを、日常業務に追われながらこなすのは、決して簡単ではありません。
「研修をする時間がない」「ようやく1回使ってみたが、次の授業まで間が空いてまた忘れる」——現場の先生方からこういう声が出るのは、当然の状況です。micro:bitがいくら優れた教材であっても、先生が使いこなせていなければ、子どもたちに届く学びの質は保証されません。また、先生自身が操作に自信を持てない状態では、子どもがつまずいたときに適切なサポートもできません。これは教材の問題ではなく、研修体制と業務環境の問題です。
「教材費11円」と「保護者購入3,000円」——この落差が示すもの
ここで、私自身の経験をもう一度振り返ります。
京都市教育委員会に採算ギリギリの価格で教材をお持ちしたとき、720名規模の学校でも1人あたりの教材費は11円程度にしかならないという話になりました。そして「それでも難しい」と。公費での教材整備がいかに制約を受けているかを、身をもって感じた瞬間でした。
一方で、保護者はmicro:bitを個人で3,000円出して購入している。この落差は、単純な予算の問題ではありません。「公費として支出する」ことへの説明責任の重さと、「保護者が個人で判断して買う」ことの気軽さの非対称性が、この構造を生んでいます。
行政は支出に際して費用対効果の説明を求められます。「年1〜2回の授業のために10万円弱を使うのか」という問いに答えなければならない。でも保護者に「学校でやりますので3,000円お願いします」と言えば、多くの場合は払ってもらえる。この非対称性が、意図せずとも「保護者転嫁」という結果を生んでしまいます。
特に問題だと思うのは、経済格差への無配慮です。給食費すら払えない家庭がある現実の中で、年1〜2回の授業のために3,000円を一律に求められた場合、その負担が重くのしかかる家庭は確実に存在します。就学援助の適用可否も学校・自治体によってまちまちで、統一されたルールがないのが現状です。
全国的な実態——この問題は京都市だけで起きているのではない
この問題は、京都市に限った話ではありません。全国各地で、似たような状況が断片的に起きています。
文部科学省の調査では、プログラミング教育が進まない理由として「情報不足」「人材不足」「予算不足」の3つが並んでいます(ICT教育ニュース ※リンク要確認)。さらに、プログラミング教育の取り組み状況を4段階で分類したところ、小規模自治体では大規模自治体と比べて取り組みが2倍以上遅れていることも明らかになっています(ICT教育ニュース 2019年 ※リンク要確認)。
「人も金も情報も足りない」状況の中で「でも授業はしなければならない」というプレッシャーが学校現場にかかるとき、最もコストをかけずに済む方法として「保護者に買ってもらう」という選択肢が浮上しやすくなります。悪意がなくても、構造としてそうなってしまう。GIGAスクール構想のタブレット端末でも、住んでいる地域によって公費か保護者負担かが分かれてしまった同じ轍を、プログラミング教材でも踏みつつあります。
「おかしい」と感じたときに保護者ができること
では、実際に「うちの学校でもmicro:bitを買うように言われた」「何のために使うかもよくわからないのに」と感じた場合、どうすればいいのでしょうか。
まず一番大切なのは、「なぜ保護者負担なのか」を学校に率直に確認することです。「学校備品として整備できなかったのか」「就学援助の対象になるのか」「低所得世帯への配慮はあるのか」——これらは保護者として当然確認できる事項です。「学校から言われたから払う」という反射的な行動の前に、一呼吸置いて確認することが大切です。
次に、保護者アンケートや学校運営協議会を通じて意見を届ける方法があります。学校運営協議会は学校運営の基本方針について承認する権限を持つ組織であり、「この教材は本当に個人持ちが必要なのか」「共用備品として整備できないのか」という問いかけは、学校の仕組みを変えるきっかけになり得ます。
また、情報公開請求によって「教材費の内訳」を確認することも可能です。何にいくら使われているかを明らかにすることで、保護者負担の妥当性を検証できます。声を上げることを恐れないでください。疑問を持つことが、最初の一歩です。
プログラミング教材メーカーとして正直に言います——「形だけの普及」への懸念
この記事を書くことに、少し迷いがありました。私自身がプログラミング教材を作っている立場として、「教材への批判と受け取られないか」という懸念です。でも、それは違うと思い直しました。
micro:bitそのものは、優れた教材です。問題は教材ではなく、「誰がコストを負担するか」「先生が使いこなせる環境が整っているか」「年に何回使う授業のために個人購入させるのか」という、運用の構造にあります。
教育委員会が「高くて買えない」と言う。でも保護者は個人で買わされている。先生は使い方に不安を抱えたまま授業に臨んでいる。子どもは年に1〜2回触れるだけで、買ったものが自宅で眠っている。
これは、プログラミング教育が「形だけ入ってきた」状態の典型です。教材が普及することと、教育として機能することは、まったく別の話です。子どもたちが本当にプログラミングの楽しさと意味を知るためには、教材の質だけではなく、先生の準備環境・公平な費用負担・継続的な学習機会の三つが揃わなければなりません。
ここまで読んでくださった方の中に、「やっぱりおかしかったんだ」と感じた方がいたなら、その感覚を大切にしてください。保護者の立場から何ができるか、あるいは学校・教育委員会として何を検討すべきかについて、ご相談やご質問はいつでもお気軽にお問い合わせください。
よくある質問(FAQ)
Q. micro:bitを保護者が個人購入するのは問題ないのですか?
A. 直ちに違法ではありませんが、文部科学省は授業で使用する教材は公費で整備することを基本としています。「個人持ち教材」として分類すれば保護者負担が可能になりますが、年1〜2回の授業のみで使う教材を個人購入させる合理的な理由があるかどうか、学校に確認することをおすすめします。
Q. micro:bit保護者購入について就学援助の対象になりますか?
A. 就学援助制度は教材費も対象になる場合がありますが、プログラミング教材が対象に含まれるかどうかは自治体・学校によって異なります。購入を求められた場合は、学校または教育委員会に就学援助の適用可否を必ず確認してください。
Q. 小学校の先生はmicro:bitを使いこなせているのですか?
A. 調査によると、プログラミング教育の実施に「不安を感じている」教員は98%にのぼり、準備時間を十分確保できている教員は17.7%にとどまります。研修時間が7時間以上の教員と1時間未満の教員では授業の質に大きな差が出ることもわかっており、先生の習熟環境の整備は大きな課題です。
Q. micro:bitは学校の共用備品として整備することはできないのですか?
A. 可能です。多くの学校で公費による共用備品として整備し、授業時のみ使用する運用をしています。個人持ちにする必然性がない場合は、保護者として学校備品での整備を求めることができます。
Q. 年1〜2回の授業でmicro:bitを個人購入させる意味はあるのですか?
A. 「自宅でも継続して学べる」という考え方もありますが、実態として自宅で活用されないケースが多く、教育的な継続性が担保されていないまま個人購入だけが先行している場合は、共用備品での対応を検討する余地があります。
Q. micro:bitの保護者購入問題は京都市だけの話ですか?
A. 全国各地で同様の状況が起きています。文科省調査でもプログラミング教育の実施状況に自治体間・学校間の格差が確認されており、予算・人材・情報のいずれも不足する中で保護者負担へ転嫁されるケースは京都市に限りません。